企業選びは、あなたが思っているほど自分で選んでいない
はじめまして。この記事を書いている宮田美結(みゆ)です。行動経済学を研究したあと大手の人材会社に入り、いまはヘッドハンターをしています。仕事のかたわら、11業界511社の就職偏差値と年収の目安を自分で集計していて、その数字を眺めるのが趣味みたいなものです。
集計をしていると、毎年同じ形の「決まり方」が見えます。応募が集中する会社は、条件が良いから集中しているとは限りません。名前をよく聞くから、最初に見たから、まわりが受けているから。そういう理由で人は動きます。これは意志が弱いという話ではなくて、人の頭がもともとそう作られている、という話です。行動経済学はその「クセ」を研究してきた分野です。
ここでは、就活の場面で特によく出てくるクセを10個並べます。ひとつずつ、①よくある場面 ②その正体 ③データでどう弱めるか、の順で書きます。クセ自体は消せません。でも、数字を並べて確かめる手順を挟むだけで、影響はかなり小さくできます。
1. 気づいたら第一印象で決めている(システム1とシステム2)
説明会の帰り道に「ここ、いいかも」と思う。その日のうちに志望企業リストの上のほうへ移動している。あとから理由を聞かれても、うまく言葉にできない。よくある話です。
これ、行動経済学でいう『システム1とシステム2』です。カーネマンの『ファスト&スロー』に出てくるやつで、頭の働きには2種類あるという考え方です。システム1は自動で素早く答えを出します。システム2は手間をかけて考えます。ふだん先に動くのはシステム1のほうで、企業選びも例外ではありません。
直感が悪いわけではありません。困るのは、素早く出た答えのあとに、確かめる時間を取らないことです。おすすめは、印象で決めた会社ほど、あとから数字で見直す時間を別に取ること。就職偏差値ランキング 全511社一覧は企業名で検索でき、偏差値帯や年収帯で絞り込めます。気になった会社を並べて、同じ物差しでどのあたりにいるのかを見てください。「いいかも」の中身が言葉になります。
2. 名前を知っているだけで、待遇まで良く見える(ハロー効果)
テレビCMで見る会社、駅で広告を見る会社。そういう会社は、なんとなく給料も良くて働きやすそうに思えます。実際に調べたわけではないのに、そう感じます。
これは『ハロー効果』です。同じく『ファスト&スロー』で紹介されている、目立つ長所がひとつあると関係のない部分まで良く見えてしまう、というクセです。就活では知名度がその「目立つ長所」になります。知名度が高いのは広告を打っているからで、待遇が良いかどうかとは別の話なのですが、印象のほうは勝手につながります。
効く対策は、印象ではなく項目で見ることです。個社ページには就職偏差値、年代別の年収目安、働き方の情報、選考の流れが項目ごとに並んでいます。たとえばトヨタ自動車やソニーグループのページを開いて、知名度以外の欄に何が書いてあるかを読んでみてください。有名だから良いのか、項目が良いから良いのか、自分で分けられるようになります。
3. 最初に見た年収が、その後ずっと基準になる(アンカリング)
就活の最初に外資系の年収を見てしまった人は、そのあと見る会社がだいたい低く見えます。逆に、身近な中堅企業から見始めた人には、同じ会社が高く見えます。同じ数字なのに、受け取り方がまるで違うんですね。
これが『アンカリング』です。『ファスト&スロー』に出てくる、最初に見た数字が基準として頭に残り、そのあとの判断がそこへ引っ張られる、というクセです。就活では「どの会社から調べ始めたか」がそのまま基準になります。自分では中立に見ているつもりでも、基準はすでに置かれています。
直し方はシンプルで、一社ずつ見るのをやめて分布で見ることです。企業年収ランキングは30代の想定年収でおよそ500社を並べているので、高い・低いを一社との比較ではなく全体の中の位置で見られます。自分の基準がどのあたりに置かれていたのかも、ここで一度わかります。なお、当サイトの偏差値・年収はどれも公開情報をもとにした目安で、算定のしかたは就職偏差値の算定方法・情報源に書いてあります。
4. 選択肢が多すぎて、比べる前に手が止まる(選択過負荷)
ナビサイトを開いて、検索結果が何千件と出てくる。スクロールしているうちに疲れて、結局その日は何も決まらない。翌日また同じことをする。この足踏みは、かなり多くの人が経験します。
これは『選択過負荷』です。アイエンガーの『選択の科学』で知られる、選択肢が多すぎると比べきれずに決められなくなったり、決めたあとの満足度まで下がったりする、というものです。511社を端から眺めるのは、まさにこの状態を自分で作っている行為です。
やることは、順番を入れ替えるだけ。全部見てから絞るのではなく、先に絞ってから見る。軸がまだ言葉になっていないなら、就活16タイプ性格診断を3分だけやってみてください。向いている仕事の方向と相性の良い企業が出るので、そこを出発点にできます。業界のあたりをつけたい場合はデータで見る業界研究2026で11業界の難易度の傾向を先に見ておくと、絞る作業がかなり速くなります。
5. 口コミが、読む前から結論に合わせて選ばれている(確証バイアス)
第一志望の口コミサイトを開くと、良い書き込みばかりが記憶に残ります。迷っている会社を開くと、今度は残業や離職の話ばかり目に入ります。同じサイトの、同じような分量の書き込みなのに、です。
これは『確証バイアス』です。『ファスト&スロー』でも扱われている、いったん考えが決まるとそれを支える情報ばかり目に入り、合わない情報は軽く扱ってしまう、というクセです。厄介なのは、自分では公平に読んでいるつもりでいるところなんです。読み飛ばした側の書き込みは、そもそも記憶に残らないので、偏っている実感が持てません。
効くのは、読む項目を先に決めてしまうことです。年収の目安、就職偏差値、働き方、選考の流れ。この4つを両方の会社について必ず埋める、と決めてから読みにいく。2社比較のページはこの形になっていて、たとえば三菱商事 vs 三井物産のように同じ項目を左右に並べています。自分で選んだ2社を並べたいときは企業2社サイドバイサイド比較が使えます。空欄が埋まらない項目が出てきたら、そこがまだ調べていない部分です。
6. 3社並べると、当て馬に判断を持っていかれる(おとり効果)
本命1社に、比較用としてもう2社。よくある並べ方ですが、この「比較用」の中身で結論が変わります。明らかに条件の劣る会社を1社まぜると、それと近いほうの会社が急に良く見えてきます。
これ、『おとり効果』です。アリエリーの『予想どおりに不合理』に出てくるもので、明らかに見劣りする3つ目の選択肢が加わると、それと比べやすいほうが良く見える、というものです。就活だと、自分で無意識に当て馬を用意してしまうことがあります。受けるつもりのない会社をリストに残したまま比べると、比較そのものが歪みます。
対策は2つです。ひとつは、本気で行く可能性のある会社だけを比較の場に残すこと。もうひとつは、3社を一度に見ないで2社ずつ比べることです。トヨタ自動車 vs ホンダや電通 vs 博報堂のように、同じ業界の2社を同じ項目で突き合わせると、当て馬の入りこむ余地がなくなります。2社ずつを何回か繰り返すほうが、結局は速いです。
7. 併願を「上・中・下」で組むと、気持ちが真ん中に寄る(極端回避)
チャレンジ枠、実力相応枠、安全枠。この3段構えで併願リストを作る人は多いです。ところが選考が進むにつれて、なぜか真ん中の会社が一番しっくりくるようになっていきます。
これは『極端回避』、いわゆる松竹梅効果です。行動経済学やマーケティングの教科書では「妥協効果」として紹介されているもので、3つ並ぶと人は上でも下でもない真ん中を選びやすくなります。両端が極端に見えるからです。飲食店の松竹梅と同じことが、就活の併願リストでも起きます。
3段構えが悪いわけではありません。順番の問題です。本命をどこに置くかは、リストを作る前に決めておく。そのうえで難易度の幅を持たせる。この順番なら、真ん中に引っ張られても本命は動きません。難易度の帯で企業を並べたいときは全511社の一覧で偏差値帯を指定して絞り込めます。帯の考え方そのものは就職偏差値の正しい使い方にまとめてあるので、併願を組む前に一度読んでおくと迷いにくくなります。
8. 選考が進んだ会社ほど、降りられなくなる(サンクコスト効果)
ES、Webテスト、面接3回、社員訪問。ここまで来ると、条件がどうも合わないと気づいても「ここでやめたら今までの時間が無駄になる」と感じます。そして最終面接まで進んでしまう。
これは『サンクコスト効果』です。セイラーの『行動経済学の逆襲』でも扱われている、すでに使って戻ってこない時間やお金が惜しくて、やめたほうがよい場面でも続けてしまう、というクセです。就活は選考が長いので、この力がとても強く働きます。しかも投じた時間は本人にしか見えないため、まわりからは指摘してもらえません。
やり方はひとつです。「これまでにどれだけ使ったか」を判断から外して、「これから先どうなるか」だけで比べ直すこと。具体的には、いま残っている会社を2社ずつ並べて、年収の目安と働き方と選考の重さを見ます。三菱UFJ銀行 vs みずほ銀行のような同業ペアのページは、まさにその並べ直しのために作ってあります。過去に使った時間は、どちらの列にも書かれていません。それが正しい比べ方です。
9. 手元の内定を手放すのが、実際より怖い(損失回避)
2社から内定が出て、条件を並べるとB社のほうが自分に合っている。それでも、先に出たA社を断ろうとすると手が止まります。B社を選ぶことの良さより、A社を失うことの重さのほうが大きく感じられるからです。
これ、行動経済学でいう『損失回避』です。『ファスト&スロー』に出てくるやつで、同じ大きさなら、何かを失う痛みのほうが手に入れる喜びより強く感じられる、というものです。だから判断が「今あるものを守る」側に寄ります。内定を持っているときの迷いが独特に重いのは、この重さの違いのせいです。
ここで効くのは、比べる形を言い換えることです。「A社を断る」ではなく「A社とB社のどちらに10年いたいか」に置き直す。失う話ではなく、選ぶ話に戻すわけです。判断の項目を先に決めておくと、この置き直しがやりやすくなります。複数内定の整理のしかたは内定承諾の判断軸完全ガイドにまとめています。承諾の期限や伝え方も含めて、感情が動く前に手順を読んでおくのがおすすめです。
10. 初任給は見えるのに、10年後の差は見えない(現在バイアス)
A社のほうが初任給が高い。この差は金額としてはっきり見えます。一方で、30代になったときに年収がどのくらい開いているかは、内定式の時点ではほとんど意識に上りません。効いてくるのは、たいてい後者のほうです。
これは『現在バイアス』です。セイラーとサンスティーンの『実践 行動経済学』で紹介されている、先の利益より目の前の利益を大きく見積もる、というクセです。将来のための行動が後回しになるのも、同じ理由なんですね。就活では初任給と福利厚生が「目の前」、年収の伸び方と身につく仕事が「先」にあたります。
先のほうを見えるようにするには、数字を出してしまうのが一番早いです。個社ページには年代別の年収目安と、前提を置いたうえでの「年収10年アウトルック」を載せています。この試算の作り方と限界は年収10年アウトルックの考え方で全部公開しているので、当たる予言ではなく前提つきの試算として読んでください。会社ごとの位置を横並びで見たいときは企業年収ランキングが早いです。
10のクセをひとまとめに
ここまでを一覧にしておきます。読み返すときはここだけ見れば足ります。
- システム1とシステム2:第一印象で決まる。決めたあとに数字で見直す時間を別に取る
- ハロー効果:知名度で全部が良く見える。項目ごとに見る
- アンカリング:最初に見た年収が基準になる。分布の中の位置で見る
- 選択過負荷:多すぎて決められない。先に絞ってから見る
- 確証バイアス:都合の良い口コミだけ残る。読む項目を先に決める
- おとり効果:当て馬が判断を歪める。2社ずつ比べる
- 極端回避:上中下で組むと真ん中に寄る。本命は先に決める
- サンクコスト効果:進んだ分だけ降りられない。これから先だけで比べ直す
- 損失回避:手放すのが怖い。断る話ではなく選ぶ話に戻す
- 現在バイアス:初任給は見えて10年後は見えない。試算で見えるようにする
クセは消えない。でも数字を並べれば弱まる
行動経済学を勉強すると、はじめのうちは「これで自分は引っかからない」と思います。私も思いました。実際には、知っていても普通に引っかかります。クセは知識で消えるものではないからです。
それでも打つ手はあります。ここまで書いた対策は、どれも同じ形をしています。判断を頭の中だけで完結させず、いったん外に出して同じ物差しで並べる。それだけです。並べた瞬間に、印象で膨らんでいた部分と、数字で説明できる部分が分かれます。分かれてしまえば、あとは自分の価値観で選ぶだけになります。
手を動かす順番としては、まず16タイプ性格診断で向いている方向と相性の良い企業を出し、次に就職偏差値ランキング 全511社一覧で難易度と年収の位置を確かめ、最後に企業 vs 企業 比較で候補を2社ずつ突き合わせる。この3段で、たいていのクセは弱められます。
ここまでは「気づく」ための話でした。ただ、気づいたあとに手が動かない日もありますよね。ESが進まない、企業研究が後回しになる、といった「動けない」ほうには別の道具があります。続きは行動経済学で読む就活②|動けない自分にナッジをかける10の仕掛けにまとめました。
※当サイトの就職偏差値・年収はいずれも公開情報をもとにした目安で、企業が公表する公式値ではありません。算定のしかたは就職偏差値の算定方法・情報源で公開しています。
この記事で紹介した本
各概念の説明は、下の本で広く紹介されている範囲にとどめています。もっと深く知りたい人はこちらへどうぞ。
- ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』 … システム1とシステム2、ハロー効果、アンカリング、確証バイアス、損失回避
- シーナ・アイエンガー『選択の科学』 … 選択過負荷
- ダン・アリエリー『予想どおりに不合理』 … おとり効果
- リチャード・セイラー『行動経済学の逆襲』 … サンクコスト効果
- リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン『実践 行動経済学』 … 現在バイアス
- 極端回避(松竹梅効果) … 特定の一冊ではなく、行動経済学やマーケティングの教科書で「妥協効果」として紹介されている概念です

